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河内・石川流域材とは

「河内・石川流域材(かわち・いしかわりゅういきざい)」は、大阪・南河内を流れる石川の流域で育ち、この流域で挽かれた木材の呼び名です。1893年創業の田中製材所が、足元の川の名を採ってそう名づけ、産地と経路の分かるかたちで扱っています。

石川という川

石川(いしかわ)は、大和川水系の一級河川です。河内長野市に源を発し、市街で天見川・加賀田川・石見川を集めて北へ向きを変え、富田林市、羽曳野市、藤井寺市の東部をくだって、藤井寺市と柏原市の境で大和川に合流します。途中、千早赤阪村からの千早川、河南町からの梅川、太子町からの飛鳥川が流れ込みます。集まってくる水は、金剛山地と和泉山脈、そして二上山のふもとから来ています。
大阪・南河内を流れる石川の流域図。北が上の略図。石川は南西の和泉山脈のふもと、河内長野市滝畑に源を発し、河内長野市街で天見川・加賀田川・石見川を集めて北へ向きを変える。富田林市で千早赤阪村からの千早川と河南町からの梅川、羽曳野市で太子町からの飛鳥川を合わせながら北上し、藤井寺市と柏原市の境で大和川に合流する。大和川は東の亀の瀬・奈良から西の大阪湾へ流れる。流域の東の縁には、南から金剛山、葛城山、二上山と続く奈良県境の山なみがある。田中製材所は羽曳野市西浦、拠点タリモールは太子町山田にあり、いずれもこの流域のうちにある。縮尺は五キロメートル。

田中製材所のある羽曳野も、当社の拠点タリモールのある太子町も、この流域のうちです。
 
ただし石川は、木を浮かべて運ぶ川ではありませんでした。丸太を筏に組んで下すには浅すぎた、と聞いています。木材の産地では筏流しが運搬の主役だった時代にも、この川はそれをさせてくれなかったわけです。
 
だとすれば、この流域の木は、水に流されて下ってきたのではありません。道と、人の手で下ってきたことになります。
川は木を運ぶ道ではなく、 木がどの筋を通って下るかを決めた川でした。山と町のあいだに、通り道の形を与えたのがこの川です。
 
そして、川が運べなかった分は、手が運びました。
だからこの流域の木には、はじめから手の記録が濃い。産地と経路と、関わった手を一枚に書きとめる「来歴書」という紙が、この流域から出てきたのは、おそらく偶然ではありません。行政区の名でも山の名でもなく、川の名でこの木を呼ぶことにしたのは、そういう意味です。

なぜ「河内」を頭に添えるのか

「石川流域材」とだけ呼ぶと、石川県の木材と紛れます。能登ヒバをはじめ、石川県には石川県の良い木があり、それはそれとして立派な産地です。だからこそ私たちは、必ず旧国名の「河内」を頭に添えて、「河内・石川流域材」と呼ぶことに決めています。
 
河内・石川流域材|定義
河内・石川流域材とは、大阪府南河内地域を流れる石川(大和川水系)の流域の山で育ち、流域内で製材された木材の呼び名です。
有限会社田中製材所(大阪府羽曳野市)による命名で、石川県産材とは異なります。
もう一つ、整理しておきたい名前があります。
大阪府内の木材には「おおさか河内材」という認証材の名称があります。
府と森林組合の仕組みで、府内産であることを確かめて表示するためのものです。
当社の「河内・石川流域材」は、これとは層の違う名前です。
認証は、基準を満たしていることの証明——木のパスポートのようなものです。
呼び名のほうは、誰が、どこから運んできたのかを示す印です。証明が求められる場面では認証の仕組みが役に立ちますし、そのうえで私たちは、同じ木を流域の名で呼び、来歴を書いて渡します。
 
ブランドという言葉は、もともと焼印のことでした。
誰の責任でこの木が世に出たのかを示す印であって、資格の名前ではありません。
だから私たちは、自分の名前を書いた紙を、木に添えて出します。
名前の役目は、産地が追えることです。呼び名を聞いただけで、大阪の、南河内の、あの川筋の木だと分かる——それがこの七文字に持たせた仕事です。

どんな木か

流域の山で育つのは、スギとヒノキです。
ただし、その比率は全国の平均とは違います。全国ではスギが圧倒的に多いのですが、大阪府の人工林はヒノキのほうが多く、林野庁の資料ではスギが約7,700ヘクタール、ヒノキが約12,700ヘクタール——おおよそスギ4割、ヒノキ6割です。石川の源流域にあたる河内長野の一帯は、三百年の歴史をもつとされる「河内林業地」でもあります。
大阪府の森林面積は、都道府県のなかで最も小さいほうです。木の産地として名前が挙がることは、まずありません。それでも山はあり、木は育ち、毎月、市に丸太が並びます。
知られていないことと、無いことは違います。
 
当社の仕入れには、二つの筋があります。
ひとつは、流域の林業者から直接いただく材。この場合は、どの山の、誰の持ち山から出た木かまで分かります。来歴書の欄が、いちばん深くまで埋まるのはこの筋です。
もうひとつは、森林組合が運営する市場(共販所)で落とす材。丸太は樹種・長さ・太さ・品質で仕分けされ、出荷者ごとに区分されて競りにかかるので、どこから出された木かを確かめたうえで落とすことができます。
市場は山主や林業会社から材を集めているので、遡れば、さらに上まで辿れる場合もあります。
ただし、その場で分かるのは出荷者までです。
だから来歴書には、そのとき分かっているところまでを書き、分からないところは「記録なし」と記します。
山まで遡って確かめる仕事は、ご希望に応じてお受けします。構造材・造作材から、一枚板、床材まで、そうして仕入れた木を挽いています。

山に残る木のこと

ひとつ、気になる数字があります。山にある比率はスギ4対ヒノキ6ですが、市場に出てくる丸太は、七割ほどがヒノキです。
大阪府の人工林と、市場に出てくる丸太の樹種比率を比べた帯グラフ。上の帯は山にある比率で、林野庁の資料によればスギがおよそ四割、ヒノキがおよそ六割。下の帯は市場に出てくる丸太の比率で、田中製材所が市場で買っている実感ではスギがおよそ三割、ヒノキがおよそ七割。二本の帯のあいだの矢印は、スギとヒノキの境目が下の帯では左へ寄っていること、つまりスギの取り分が減っていることを示している。ヒノキは資源の割合より多く山を出て、そのぶんスギが山に残る。

山にある(大阪府の人工林)出典:林野庁スギ 4ヒノキ 6市場に出てくる丸太出典:当社が市場で買っている実感スギ 3ヒノキ 7ヒノキは資源の割合より多く山を出て、そのぶんスギが山に残ります。山にある比率と、市場に出てくる比率のずれ。
 
ヒノキのほうが、資源の割合より多く山を出ている。理由はいくつも考えられますが、値の付きやすい木が先に山を出る、という事情は確かにあります。裏を返せば、スギは山に残りやすい。
 
木材はふつう、体積と等級で値が決まります。
立米(りゅうべい)いくら、という単位です。速くて便利な物差しですが、この物差しの上では、値の付きにくい木は動きません。そして動かない木は、どこから来て誰が育てたかを語られることもないまま、山に置かれたままになります。
名前のない木は、始末をつけようがない木です。
 
来歴で値をつけるというのは、 立米の物差しで負ける木にも、出口をつくる試みでもあります。どの山から来て、誰が伐り、誰が挽いたか。それを書いて渡せば、値札のうえでは同じ寸法の板でも、次の手にとっては別のものになります。
 
もうひとつ、前提として置いていることがあります。遠くから安く速く木を集めるほうが、商いとしては楽なことがあります。けれど、安く速く出すために上流へ無理をさせれば、負担は山の側へ移るだけで、どこかで消えたわけではありません。
山が続かなくなれば、流域の木という呼び名も、その次の年には成り立たなくなる。
だから、 川の上へツケを回さない。
流域で育った木を、流域で挽き、来歴を書いて町へ渡す——それが流域という単位を選んだ、実務のうえでの理由です。

川と木の、長い付き合い

この流域は、木と石の記憶が濃い土地です。
流域の東の縁に立つ二上山——その西麓の水は飛鳥川となって石川に注ぎます——は、古代には古墳の石棺や石槨に使われた凝灰岩を産しました。
 
奈良時代以降は、その麓が天然の研磨材「金剛砂」——ざくろ石を含む砂——の産地として知られ、玉石や金工品、そして木工品を磨くのに使われています(採掘は近代で途絶えました)。
 
山裾を通る竹内街道は、日本最古の官道の一つとされ、堺の港と大和を結んで人と物資を運んだ道です。
 
石を切り、木を組み、面を磨く。
この土地の手仕事の文法は、千年の単位でこの流域に積もっています。
河内・石川流域材という呼び名は、新しい商標である以上に、その長い付き合いに現代の一行を書き足す試みです。

この木を使うには

当社には、樹種と寸法だけが並ぶカタログがありません。
在庫は一本ごとに育ちも表情も違うからです。
ご要望をうかがい、その時に山と倉庫にある木の中から、来歴ごとご案内します。私たちはそれを「カタログのない素材屋」と呼んでいます。
 
ですから、ご相談は用途からで構いません。
「この壁を流域の木で仕上げたい」「テーブルの天板を探している」「そもそも、この使い方に流域の木が向くのか知りたい」——図面や樹種が決まっていない段階のほうが、むしろお役に立てます。
決まってから聞かれると、こちらは在庫を合わせにいくだけになりますが、決まる前なら、木のほうから提案できるからです。
 
お納めする材には「来歴書」——その木の産地・経路・関わった手を一枚に記した当社の記録——を添えます。有料のオプションではありません。名前のない木は、始末をつけようがない木だからです。
 
書けるのは、その材について当社が確かめられたところまで。分からないことは「記録なし」と書きます。
空欄のある紙です。
けれどその空欄は、この紙の欠点ではありません。
次に何を頼めるかの一覧でもあります。
山まで遡って確かめる、伐採者に話を聞く、写真を撮る——そうした調査は、お見積りのなかに「来歴書(記録・発行)」として立てます。
来歴は、あとから書けません。
だから当社は、市で丸太を落とした日に、その場で一行書き留めることにしています。日付、市、出荷者、産地、樹種。
この一行があるかないかだけが、来歴のある木とない木を分けています。

よくある質問

大阪に、木材を出せる山があるのですか。

あります。大阪府の森林面積は都道府県のなかで小さいほうですが、南河内には三百年の歴史をもつとされる「河内林業地」があり、人工林はいまも木を出しています。知られていないことと、無いことは違います。

「石川県の木」ではないのですか。

違います。ここでいう石川は、大阪・南河内を流れる大和川水系の川の名前です。紛れないように、必ず旧国名の「河内」を頭に添えて呼んでいます。

「おおさか河内材」とは違うのですか。

層の違う名前です。「おおさか河内材」は府と森林組合の認証材の名称で、府内産であることを確かめて表示するための仕組み。「河内・石川流域材」は、石川の流域という、より狭い単位で、一本ごとの経路まで追うための当社の呼び名です。

どんな樹種が扱えますか。

スギとヒノキが中心です。大阪府の人工林はヒノキが約6割、スギが約4割で、全国平均とは逆の比率になっています。構造材・造作材から、一枚板、床材まで承ります。

少量でも分けてもらえますか。

まずご相談ください。用途と数量をうかがったうえで、その時の在庫からお出しできるか、市で探すことになるかをお伝えします。カタログがないぶん、ご要望を先にうかがう必要があります。

どの山の木か、分かりますか。

仕入れの筋によります。流域の林業者から直接いただいた材なら、どの山の、誰の持ち山かまで分かります。森林組合の市場で落とした材は、その場で分かるのは出荷者まで。そこから遡って確かめることもできますので、山まで知りたい場合はご相談ください。来歴書には、そのとき分かっているところまでを書きます。

大阪府外へも送れますか。

お送りできます。ただし、流域の木の値打ちは「近いところで育って、近いところで挽かれた」という来歴にあります。遠方でお使いになる意味があるかどうかも、ご相談のなかで一緒に考えさせてください。

来歴書はどこまで書いてもらえますか。

材をお納めするときは、かならずお付けしています(有料のオプションではありません)。書けるのは、その材について当社が確かめられたところまで——どこの市で、どの出荷者から来て、いつ、どう挽いたか。分からないことは「記録なし」と記します。空欄は、この紙の欠点ではなく、正直さの表明です。
そのうえで、さらに遡って調べる場合——どの山の、誰が育てた木かまで確かめに行く場合——は、その調査と記録の手間をお見積りに含めます。来歴は、あとから書けません。材が決まる前にご相談いただけると、取りこぼしが少なくなります。

流域の木の相談は、流域の製材所へ。

用途だけ決まっていれば、樹種も寸法も未定で構いません。
072-957-0707
有限会社田中製材所(大阪府羽曳野市西浦3-2-25)
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